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レムる男

文章
気がつくと男は立っていた。いつからそこにいたのか自分でもわからないが、気づいた時には立っていた。男が立っているのはとある門の前である。門はステンレスでできている。同じくステンレスで作られたフェンスが門の左右に続いている。高さは150センチくらいのフェンスである。横幅は100メートルはあるだろうか。門の中は広大な広場になっていて、フェンスは広場を囲うように設置されている。広場の奥に建物が見える。建物まではかなりの距離があると思われるが、近くにあるかのような大きさである。きっととてつもなく大きい建物なのだろう。大きい建物は宮殿だった。男には宮殿に見えた。宮殿に見えた建物は、国会議事堂と首相官邸最高裁判所を足し合わせたような機能を持っていた。ここは独裁国家であるらしい。宮殿は国家の最高機関であり権力の中枢だった。男は宮殿を眺めていた。宮殿に用事があるのだろうか。門が閉ざされているところをみるとどうやら招かれているようではないらしい。フェンスは乗り越えられる高さだったが、門の左右に守衛が立っており異常がないか見張っていた。守衛は軍服のような制服を着ていた。手には銃を抱えていた。男は中に入る気はないらしい。眺めるだけで満足したのか男は踵を返し歩き始めた。
男は旅行者だった。この国では外国人だった。男はこの独裁国家に旅行でやってきたのだった。いや、気がついた時にはこの国にいた。この国に入る前はどこを旅行していたのか男には思い出せなかった。男は歩いていた。あたりは暗くなり始めていた。この国では夜間に外国人が独りで出歩くことは禁止されている。男は彷徨っていた。早くホテルに帰らなくては。しかしホテルの場所がわからなかった。そもそもどこかに宿をとっていたのかさえ怪しい。

料理が並んでいる。この国の料理らしい。色彩が鮮やかな料理が並んでいる。テーブルを挟んで他の客と向かい合っている。相席している。相席しているのは現地の客らしい。旅行者ではない。男は飲食店にいるらしい。狭い飲食店だ。テーブルは5つ程しかないし、それらのテーブルは皆2人掛けだ。部屋の角にテレビがある。部屋の角に吊り戸棚が作られていて、その上にテレビが設置されている。テレビから現地のニュース番組が流れている。向かいに座った客が男に語りかける。客が話すのは現地の言葉だ。客は現地の言葉で男に語りかける。男は現地の言葉はわからなかった。男は言葉がわからなかったが、客が何を言っているのかは理解できた。
「ここはどこだ?」
男は聞いた。男は言葉がわからなかったが客が何を言っているのかは理解できたが、客もまた同様に男の話す言葉がわからなかったが男が何を言っているのか理解できた。
「あるものはヨーロッパの東といい、あるものはアジアの西という。またあるものはロシアだというし、またあるものはそのどれでもないという。」
男は客が話す言葉がわからなかったが、客がこのようなことを話したと理解した。

男は目を覚ました。目を覚ましたのは男ではない。目を覚ましたのは私だ。私は目を覚ました。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

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