趣味について考える

趣味の種類について - 趣味の方法

趣味のパッケージ化という言葉が妙に心に残ったので自分なりに考えてみたんですが、かなり元のエントリーからはかけ離れていますので関連性はないものとしてお考えください。他のエントリーも読ませて頂きましたが、タンドリーチキンに衣があるということはいままで知りませんでした。

趣味って基本的には個人の中にあるものでその人の中にある間は本当にもうその人にしかわからない世界で他人の評価の及ばない範囲にあると思う。趣味って本当に楽しみ方が人それぞれじゃないですか。みんな私の趣味は海外旅行ですとか人間観察ですとか寺社仏閣巡りですとか料理ですとか言ってるけど料理って言ったって、食べることが好きでとにかく美味しいものを作りたいという人もいれば、自己流で創作料理の研究をしている人だったり、家族や友人に料理を振る舞うのが何より好きな人とか、実は料理はどうでもいいけど写真をクックパッドにupして反応をもらって喜ぶ人だとかいろいろいますよ。でもそれをなかなか一言で説明しづらいし人にあまり話したくなかったりする。あなたの趣味は何ですかと聞かれてすぐに答えられる人がどれくらいいるだろうか。趣味というほどではないんですが、と前置きする人をよく見る。謙遜もあるだろうし、その程度で趣味語ってんのかよっていう批判を恐れるのもあると思うが、自分の中にある趣味と世間が持つ趣味に対するイメージとのギャップが少なからずあるんじゃないだろうか。
人に言えない趣味っていう言葉があるけど、趣味って本来他人に話すようなものじゃなくて誰かに話した時点で、その人の体内から外に出た時点でもうそれはその人の趣味とは別物なんですよ。じゃあその別物って何かっていうとそれがパッケージ化された趣味で、身体の中にある趣味を体外に排出する作業がパッケージ化なんだと思った。説明のしやすいしにくいの程度の差こそあれ基本的には説明しきれない趣味というものについて、共有したいという過程の中で生まれたコミュニケーションツールが趣味のパッケージ化で、言い換えるとすべての言語化された趣味はパッケージ化された趣味であるということです。
すべての言語化された趣味がパッケージ化された趣味であるということになれば、いわゆるパッケージ化された趣味とそうでない趣味との違いは結局そのパッケージがメジャーかマイナーかってことだと思うんですよね。そりゃ映画鑑賞やバードウォッチングやフットサルみたいな一口サイズの四角錐台にカラフルなラッピングされたチョコですって言えばああチロルチョコねっていうメジャーなパッケージもあるけど、なにそのお菓子っていうような理解されにくいようなパッケージもあって、例えば氷を甘そうに舐めるとかフランスパン買うとついてくるビニタイを集めるとか煙草の灰から銘柄を当てるとかそういう理解されにくいような趣味だってこうやって言葉に書き起された時点でもうそれはパッケージ化されて陳列されてて、そういう意味では木材の木目に針を指すのもビニール袋をゼリーで充満させるのも同じ棚に並べられた立派なパッケージです。手に取る人がいるかは別として。

僕の場合目的は暇つぶしなんでつい色んなパッケージに手が伸びちゃうんですけどいい加減部屋が箱で散らかってきたのでそろそろ片付けたいと思います。