逆に子育てよりコスパのいいものってなに?

読みました。
自分はまだ子供が生まれたばかりで子育てについてあれこれ偉そうに言える立場にないけど、こう言う話題に対していつも思うのは子供を作らない人生を選択するのもその人の自由だし、結婚しても子供を作らないというのもそれがお互いの合意の上であれば他人がとやかく言うことではない。増田の記事には「子供ができると考え方が変わるよ」と言われるとあったが私自身子供を持ってみてそうだとは思わないし、子供ができたぐらいで人はそう変わらない。元々そんなに子供好きでは無かった私でも自分の子供だけは絶対にかわいいだろうと予想していて、生まれてみれば実際に特別かわいいし、いまだって他人の子供は別にかわいくない。
子供というか乳児は本当に手が掛かるから、自由に飲みに行ったり旅行に行けないどころではなく、ゆっくりお茶を飲むことだってできない時もあるから自分の時間が(子供の世話をする時間だって自分の時間なんだから、自分の時間が減るという表現はおかしいのはともかく)減るのが嫌だから子供が欲しくない人は子供は作らない方がいい。手が掛かるのはそんな何年もないというけど、事実その何年かは手が掛かるのだから。
それと「子供ができれば夫は変わってくれるはず」と思っている奥様がもしいるならばそんな期待はいますぐに捨てた方がいいです。

まあこのあたりの"子供を持つか持たないかは自由だ"みたいな考え方は割とスタンダードなのかな、というのを増田への反応を見るに感じるが、むしろ多くの人が引っ掛かってるのは"コスパ"という言葉のようで。こちらのエントリでもある通り。

最近なんでもかんでもコストパフォーマンスで量ろうとする所謂コスパ厨が幅を利かせているが、分母のコストばかり目がいって肝心のパフォーマンスへの言及が甘いよというのは上記エントリの通りで、しかも子育てや人間関係などは金銭的価値に還元しにくくそもそもコスパ論に馴染まない。
子育てをコスパ論で語られることに異を唱えたい人が大勢いるのはブコメを見るに明らかである。この業界の生産者さん達は見返りを期待しない採算度外視なところがある。

ところで増田も末尾に唐突に子育てはコスパが悪いというようなことを書いているが、本件だけでなく「○○はコスパが良いor悪い」というのをよく見かける。しかし良い悪いというには比較対象が必要ではないのか。
AよりBの方がコスパが良いというならわかるが、Aはコスパが悪いとだけ言ったところで、それは何と比べて?他の可能性は考えた?ここで言ってるコスパってなに?と疑問を持たれてしまうのがオチだろう。じゃあ子育ての比較対象はなにかと言っても、上記の通り子育ては金銭的価値に換えづらく、ちょうどいい比較対象もないので、単に"子育てはコスパが悪い"と言われても"おまそう"*1案件だ。

増田はタイトルに「子供は人生で一番高い買い物だと思う」と付けているから、コスパの話ではなく単に子育てはお金が掛かるからできませんと言いたいだけかもしれない。それならそれでコスパなんて言い訳せずに最初からそう書いたらいいと思ったけど、それだとやっぱりお金の問題以外で子供を作らないことを選択した人にとっては一緒くたにされるのは不本意だろうから、なので増田は今すぐに子育ての収益を見える化してすべての人が自分の年収と子供に掛けたい教育費から子育てのコストパフォーマンスを試算して子供を作るか作らないか定量的に判断できるように子育てベンチマークを作ってください。それで改めて子供を作るよりコスパの良い生き方を教えてほしい。

*1:お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな。