牡蠣が食えたら

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「インセプション」

インセプション [Blu-ray]

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 映画「インセプション」を見直していて、ひとつ気になるシーンがあった。第4階層でアリアドネがキックのために崖から飛び降りる。あのキックは必要だったのか。

 物語の終盤、雪山に囲まれた病院(というより要塞?)が舞台の第3階層にやってきたレオナルド・ディカプリオ達が要塞の最深部にある父親の病室を目指している。病室の扉は固く重い扉で閉ざされていて、銀行の地下銀行のように派手なロックがかかっている。そのロックを開けて、病室にいるロバートの父親と感動の和解体験を"植え付ける"のが、彼らがロバートの夢に侵入した目的だが、その直前、ロバートはモルに撃たれてしまう。
 夢の中で死ぬと目が覚める、というのがこの映画の一応のルールだが、今回のロバート侵入ミッションでは長時間の眠りの安定を得るため誘発剤という薬を使用している。その副作用によって夢の中で死ぬと二度と目が覚めない"虚無"に落ちてしまう。またロバートだけでなく、渡辺謙も第1階層で銃弾を胸に受ける重症を負っていて、上の階層でのダメージは下の階層にも影響するため、第3階層にいる渡辺謙も息も絶え絶えといった状況にある。

 階層について説明しておく。まず起きている状態がある。これは名前は無いが0次階層と言ってもいい。そこから眠りについて見ている夢が第1階層。その夢の中で見る夢が第2階層、そのまた夢が第3階層、という具合に深く眠っていく(潜っていく)につれて階層の数字が増えていく。
 下の階層では上の階層よりもゆっくりと時間が流れる。現実世界での1分は第1階層での10分に相当し、第2階層の1時間に相当する(正確な数字は覚えていないのであくまでそういうイメージ)。これは深く潜るほど脳の動きが速くなるためだと説明されている。夢の中で丸一日経過した実感があっても、目が覚めると1時間も経っていなかったという経験は誰しもあるだろう。
 実は我々が見る明晰夢や金縛りでも同じことが起きている。しかもなんと訓練によって一晩の明晰夢のうちに何ヶ月もの体験をすることが可能になる! さらに訓練を積めば過去でも未来でも、どこでも行ってみたい時代に行けるはずだ。

 彼らの本来のミッションは第3階層で完結するはずだったのだが、ロバートと渡辺謙が瀕死の状態になり虚無に落ちてしまったため、2人を救うためにディカプリオとアリアドネが第4階層に潜っていく。アリアドネは夢の設計士で、ディカプリオの義父が教えるゼミの女子大生だ。義父の推薦でディカプリオのメンバーに加わった。

 もうひとつ重要なルールがある。さっき夢の中で死ぬ、あるいは殺されると目が覚めるが今回は誘発剤を使っているためそれはできないと書いた。ではどうやって目を覚ますかというと「キック」を使う。誘発剤は睡眠薬や麻酔のような薬だが、特別な配合によって三半規管は機能するように調合されている。キックとは寝ている人を揺すり起こすようなもので、椅子に座って寝ている人の椅子を蹴飛ばして倒すと落下の感覚に気がついて覚醒する。
 そしてキックは上の階層で行わなければならない。第3階層にいる人を呼び戻すには第2階層でキックをし、さらに第1階層でキックをして、現実世界でキックをする。

 第4階層にやってきたディカプリオとアリアドネはディカプリオの家に辿り着き、そこでモルと出会う。この夢の中のモルの幻影というかそれはもっとはっきりとしたイメージとして現れているが、それをディカプリオが克服するのが映画のひとつのテーマらしいが、私はそこには大して興味はない。この映画はストーリーを楽しむ映画ではない。というのがいまところの私の理解である。
 ストーリーのことを話し始めるとこの映画の場合、決まってラストのコマのシーンの解釈について持ち出さざるを得ない。コマというのは回転する独楽のことで、いつまでも回っていれば夢の中、倒れれば現実というようにいま自分がどちらにいるのかを判別するために使用する。そういう道具を劇中ではトーテムという。ラストシーンではコマが回っていて回転軸がほんの少しズレて回転がブレ出すところでパっと映像が切れて終わる。なので回転し続けているのか倒れたのか明らかにされないが、それは観客が自由に解釈していいと言うこともできるし、あるいは監督の中では明確にどちらか定まっているのかもしれないが、そこはどちらでもいい。

 この映画は明晰夢体験の再現である。アリアドネが設計士としての才能を開花させるトレーニングのシーンで、パリの街並みを組換えたり、橋を出現させたりする。ミッションが与えられて仲間を集めて訓練するという一連の流れはジャンプ漫画みたいだ。それはともかくあの設計士になる訓練は正に明晰夢の感覚そのままと言っていい。
 夢の中でアリアドネは万能感を得る。一度その体験をすると現実世界では満足できなくなって、明晰夢の麻薬に取り憑かれたアリアドネは設計士となってメンバーに加わった。

 映画のなかで、考えて組み立てるのではなく一瞬のうちに答えが思い浮かぶ感覚、つまりインスピレーションについて語られるが、明晰夢の感覚とはそういうことで、街全体からひとつのビルまで細部が実感を伴って出現する。しかしその感覚はやはり夢の中でしか得ることができない。ただ我々が明晰夢を見るとき、アリアドネのような事を行っていると考えてもらえばいい。

 夢なので現実の物理法則とか時間感覚とは一線を画した世界にいるのだから、そこにルールはないようなものだが、どうしても映画の中のルールが気になってしまった。第4階層でディカプリオの家のポーチにロバートが手足を縛られた状態で転がっている。意識はある。アリアドネがロバートを谷から突き落として(ポーチの前は谷になっている)、そのあとすぐにディカプリオから「キックだ」と言われてアリアドネも谷に飛び込むのだが、キックは上位の階層で行わなければならないはずである。最後の連続キックの順番は下位の階層から上位の階層へと行われているが、これは順番が逆ではないのか。この疑問を初めて「インセプション」を見たときにも抱いたが、今回もやはりそこに引っかかってしまった。
 私はあのキックはやはり必要なかったと思っているのだが、できればそういうことは考えずにこの映画は見たい。ルールが気になるのは映画の仕組みを論理的に理解しようとすることで、そういうことを始めると明晰夢の感覚からはどんどん離れていってしまう。



今週のお題「行ってみたい時代」