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映画『インターステラー』感想


 観ました。とにかく映像がすごい。この一言に尽きます。
2001年宇宙の旅」を2015年のCGと映像技術と化学医学物理学その他の自然科学でもって莫大な予算を掛けて作ったらこうなったという映画で、ストーリーはおまけみたいなもの。衝撃の結末もなければ驚愕の真実が明かされることもなくアッと驚くどんでん返しもない。なのでネタバレというネタバレはなく、ネタバレしないように映画の感想を書こうと思えば「映像すごい!映像すごい!とにかく一度観てみろ!」としか書けずに、この先筆を進めるわけに行かなくなってしまうのですが、それでもネタバレを気にする未視聴の方はこの先読み進めないことをお勧めしておきます。

 このまま簡単なあらすじを書こうと思ったのですが、ネタバレするところがなければあらすじさえもネタバレになってしまうという可能性を拭い去ることができず、なので桃太郎の話をします。
 みんなが知ってる桃太郎。桃から産まれた桃太郎。川から流れてきたときの擬音は「どんぶらこっこ。どんぶらこ」
 やがてきびから生まれたきびだんごを餌に猿犬キジを従えて鬼ヶ島へと向かいます。万事よろしく恙無く鬼を退治した桃太郎は、財宝を持ち帰り、おじいさんとおばあさんといつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい。

 さていま書いた桃太郎、どこまでがネタバレでしょうか。みんなが知ってるからネタバレではないのでしょうか。では桃太郎を初めて聞かされた3歳児にとってはどうですか? 鬼を退治しました、というのはネタバレですか? 昔ばなしになるくらいの太郎なら並の太郎ではないのですから鬼ぐらい退治するでしょう。では3番目の家来はキジです、というのはネタバレですか? 桃から産まれたという出自は? 桃太郎という題名はすでにネタバレではありませんか?
 
 ネタバレせずに桃太郎のあらすじを語ることは私には到底できないのです。「桃うまい。桃うまい」と市原悦子の声で語ることしかできないのです。あ、でも「クレジットには書いてないけど実はキジ役でジョニー・デップが出ます」というネタはバラさずに書けていたでしょうか。めでたしめでたし。でもそれはストーリーじゃなくてメタ。メタ的ネタバレなら可能でもやっぱり桃太郎のすじをネタバレせずには語れない。この桃太郎のあらすじがネタバレだと思う方はこの先も読まないほうがいいでしょう。


 インターステラーの話をしましょう。近未来の地球。増え過ぎた人口は食糧難を引き起こした。毎年のように疫病が流行り小麦は枯れ、主食となったコーンもやがて枯れるだろう。
 農業が最優先課題であり優秀な学生は農家になるよう勧められ、学校では「アポロ11号の月面着陸はソ連に予算を無駄使いさせるためにアメリカがでっち上げたデマ」と教えている。エンジニアは要らない、必要なのは農家だ。そんな世界。
 枯れた大地は巨大な砂嵐となって人間のみならず植物をも襲う。植物が育たなければ酸素が作られず、酸素がなければ生物は窒息する。未来への希望もなく、飢え死にか窒息死か、緩やかに死を待つだけの終末の世界。

 元宇宙飛行士のクーパーはある日自宅の2階で重力の歪みを見つける。それは何者かからのメッセージで、とある場所を示していた。導かれるままに訪れたその場所は秘密裏に建設されたロケット打ち上げ施設。人類は生物の住めなくなった地球を捨て、太陽系の外に移住できる惑星を探す計画「ラザロ計画」を進めていた。ラザロとは蘇りの象徴。病に斃れた人類は死の淵から蘇ることができるのか。半ば巻き込まれる形で計画に参加することとなったクーパーは家族を地球に残し宇宙船のパイロットになることを選び、インターステラー(星間旅行)の旅へと出発した。

 ラザロ計画の第一目標は人類を乗せた宇宙ステーション即ちノアの方舟を打ち上げて太陽系外惑星へ向かうこと。それはプランA。プランBはロケットに積んだ大量の受精卵を使い、新たな惑星でコロニーを形成する。プランBでは人類の種としては存続できても地球に残された家族、友人達を救うことはできない。クーパーはプランAを成功させ家族を救うことができるのか、人類の存続のため家族を捨ててプランBを選ぶのか、それとも……。


 こんな感じのストーリーですがハッキリ言ってストーリーには大した面白味はない。テラフォーミングの話かと思いきや、超ざっくり言って2015年版「2001年宇宙の旅」にほんの少しの「オーロラの彼方へ」を足したような映画でした。個人的には移住に適した惑星を見つけてから、そこを第二の地球にするまでの開拓史をもっと描いて欲しかった。それはあらすじを読まずに映画を見た自分の責任でもあるんですが、前半の淡々とした語り口で少しずつ少しずつ基礎を固めていくストーリー展開から、後半になるにつれ話がどんどん高次元化し、ご都合主義的になり、荒唐無稽なストーリーへと赤方偏移していく様は「いつからこうなったんだ」感は拭えない。いやいや最初からSFだって言ってるじゃないか。だから単に私の知識不足と理解力不足に拠るところです。そうはいっても冒頭のドキュメンタリータッチの映像が、そのことに拍車をかけている気がしないでもないです。最後のシーンでアン・ハサウェイがエドマンズの星でコロニーらしきものを作っていますがその先どうなっていくかを一番観たかった。

 帰還したクーパーはアン・ハサウェイを迎えにいくために宇宙船に乗ってエドマンズの星に向かいます。果たして二人は巡り合うことができたのか。その結末は明かされません。ネット上のいくつかの解説では「インセプション」でもそうだったように結末をあかさないのはクリストファー・ノーランの常套手段だ、というのも見受けられますがそんなことはどうでもいい。ちなみに一緒に見ていた妻は「ブラックホールの量子データを入手して高度に発達した人類がやがてエドマンズの星に移住する。今は土星の軌道にステーションを建設し一時的に凌いでいるだけ」というものでした。私の考えでは「インセプション」のラストは「これは夢なのか、夢でないのか」を宙ぶらりんにしたラストだったのに対してインターステラーでは「この後二人が出会うか出会わないかは省略します」なのでそもそも結末を提示しないの意味が違うというか、インターステラーはそういう結末の映画というだけなのではないのか。本当にどうでもいい。数日前に帰還したばかりのクーパーがもう最新鋭のX-ウィングみたいな宇宙船を操縦できる知識とテクニックがあってしかも基地から盗んで無許可発進なんてどう考えても犯罪だろとか、クーパーステーションに乗り切れなかった人々はどうなったんだとか、クーパーが約120歳のダブル還暦を迎えたその時の地球の現状はどうなってるのかもう人類は絶滅したのかちゃんと表現してくれとかいろいろあるんですけど、そんなことをいちいち取り上げるのは野暮というものです。

 何度も言いますがインターステラーは2015年版「2011年宇宙の旅」あの映画はもの凄い沢山のファンがいると思いますが、モノリスに触れて高度な知恵を授かった人類がやめときゃいいのにもう一度触れてスターチャイルドにブレイクスルーしたストーリーに惹かれた人も大勢いるでしょうが、なんだかよく分からない話だけど映像がカッコいいというファンもそれなりにいるでしょう。そういえばこの映画でクーパーが投げ込まれる4次元本棚裏側空間立方体テサラクトはHAL9000の内部でボーマン船長が装置を次々引き抜いていくシーンをどことなく彷彿とさせますね。かくいう私も映像のカッコ良さからキューブリック作品を見るようになった口で「2001年宇宙の旅」をはじめとして「時計仕掛けのオレンジ」「シャイニング」「フルメタルジャケット」などストーリーもいいけど映像はもっと好きですし「アイズ ワイド シャット」は「ストーリーはよくわかんねぇけど映像と音楽はカッコいい」という具合で好きになりました。
 クリストファー・ノーランの「インセプション」もターゲットの夢に潜入して情報を植え付けるというスパイ大作戦なストーリーはともかくとして明晰夢の映像表現に心奪われるし、いまやオシャレ映画でおなじみの「メメント」だってストーリーのミステリー性よりも撮影したてのポラロイドをパタパタ振るよくやるやつをやっていたらいつの間にか映像がモノクロからカラーに変わっていたっていうあのシーンをスゲェなと思うほうが強いのです。それもひとつの映画の見方です。この映画は「2001年宇宙の旅のストーリーはよくわかんないけど映像はカッコいいな」という人にこそオススメかもしれない。
 ストーリーはともかく映像は素晴らしい。「インセプション」で描かれた第四階層の夢の世界、あの圧倒的スケール感、ひとつひとつをとって見ればリアルなんだけどこの規模では絶対にあり得ないだろうという倒錯したリアリティ。正に細部に神が宿った表現に磨きがかかって再登場した。ミラー飛行士が辿りついた水の惑星での迫力ある映像や、マン博士が辿りついた氷の惑星のスケール感は見応えがあります。そして物理学者の監修による緻密な計算に基づいて作られたというブラックホール"ガルガンチュア"やワームホールの映像体験はよくわからなく、わからなくて面白く、そして美しい。アン・ハサウェイも美しい。あとアン・ハサウェイが美しい。映像凄い。映像凄い。アン・ハサウェイきれい。そういう映画でした。