半時間

 翻訳された小説を読んでいるとしばしば『半時間』という言葉を見つける、これはおそらくhalf an hourを訳したものなのだと思う、それ自体は日本語としては特におかしいところはないが、日常会話の中では半時間という言葉はあまり聞かない、やはり30分と言うことの方が多い気がする。
 half an hourを半時間と訳すことは、もちろん間違いではなく、むしろ30分と訳すよりも原文のニュアンスに近いのではないかと思う、しかし私は英語の原文で小説を読まないので正確なところはわからない、翻訳小説独特の表現だと思っていた。すると「群像」2月号に掲載されている羽田圭介の「コンテクスト・オブ・ザ・デッド」と言う小説に『半時間』という言葉が出てきたので少し意外だった。私が日常的に使う日本語の会話表現では、半年や半月、半日などはよく使う、半時間は使わない、書き言葉では使うかもしれない、口に出して言ったことはたぶんない。この小説でも会話ではなく地の文で使われている。
 『半+(時間の単位)』の使い方から受け取るニュアンスは、正確な半分の時間よりも幅のある、やや曖昧でアバウトな印象がある。1日の半分は当然12時間だが半日と言えば朝から昼過ぎまでを指して使われることがある、実際には6時間程度しかない。と書いたがこれは日の出とともに起き出し暗くなったら寝る生活をしていた時代の名残りで、太陽が昇っている時間を1日とすればおかしくはないと気がついた、朝のことを「あした」と言った時代の話だ。労働基準法では1日の労働時間は原則8時間と定められているから『半日仕事』と言えば4時間足らずになる、1日を24時間とすれば6分の1日ということになる。
「1日を24時間とすれば」
 だなんて、なんで変な言い方をしたのだろう。1日は24時間に決まっている。実際にはそうではない、先程挙げた例のように1日の捉え方によって1日の長さが変わる。
 時間はどうなのか、1時間はやはり1時間ではないのか、半時間と言えばやはり30分のことだろうか。字面から考える、30分は1分が30個集まったもので、積み上げのアプローチである、対して半時間は分割のイメージがある。『半時間』と言ったとき、ある程度のまとまりを持った塊を思い浮かべる、ケーキを切ったような手で掴めるイメージである、2、3分や2、3日と言うときのイメージに近い、英語ではa few minuitesだろうか。『30分』の場合はサラサラとこぼれ落ちる砂を掬うような、いや砂よりももっと大きい、小さなレゴブロックを両手に掬う光景を想像する。
 「まとまり」自体は正確な数量を持たない、増えたり減ったりする、あるいは伸びたり縮んだりする。日時計は1日を通して同じ速さ、角度で影を回転させない、時刻によって影が動く角度が異なる、時間の進み方が1日の中で変化する、わけではもちろんない。しかし機械式時計が発明されるよりも前の時代には、変化する日時計の影を見て朝と昼と夕方では時間の進む速度が違うと考えた人がいるはずだ。
(この文章は帰宅途中の半時間を利用して書かれた)