牡蠣が食えたら

#牡蠣食えば のサブブログにしました。

食べログのレビューで料理の感想より店に入るまでが長い奴

 千代田線の1号車に乗って新御茶ノ水駅で降りると、大手町駅寄りの改札に一番近い。ホームを端まで歩いて、さらに20メートル歩いてエスカレーターを上がり改札を抜け、さらに通路を南に100メートルほど歩いていくと一番奥の右側にある階段を昇り、小川町の交差点に出る。
 目の前に「顔のYシャツ」がある。見上げるとビルの外壁2階部分に顔の形をした看板に坊主頭のおじさんの絵がこちらを見下ろしている、とつい私は書きたくなるがおじさんは真っ直ぐ前を向いていて見下ろしてはいない。「顔のYシャツ」の2軒北の1階に和菓子屋と鯛焼き屋が並んで入っている、角を斜めに切り落としたような形のビルの切り落とされて残った外壁が面しているそこが小川町交差点の南西の角にあたる。
 靖国通りは神田須田町の交差点から西に向かうと一度南に湾曲して小川町を通り、今度はまた北へ駿河台下の交差点に辿り着くまでぐにゃりと曲がり、駿河台下から神保町の区間からはまた西へ真っ直ぐ続いていく。鯛焼き屋を左に見ながら角を曲がり靖国通りを西に歩いていくとこのあたりはまだ古本屋が少ない。代わりにスノーボード用品を売る店が並んでいる。ロードバイク専門の自転車屋がある。スポーツ用品店の間に銀行の支店が挟まる。スターバックスのすりガラスが目に入って視線を上げると道路に面して並べられたカウンター席に座った客と目が合って気まずいから視線を逸らす。
 若い女がスノーボード用品店の前のガードレールに寄りかかっている。女は抱っこ紐に赤ん坊を入れて抱いている、足下にはベビーカーが広げたまま置いてある、頭に被ったグレーのニットキャップが私はボーダーを連想させるが抱っこ紐姿の母親とスノーボードのイメージが結びつかない。
 道の反対側には営業しているのかしていないのかわからない額縁店のシャッターが降りたままになっている。かつては富士山の絵を描いた看板の役割をしていたのだろう2階の外壁は塗装が剥げ落ちて、下地の白いモルタルが汚れてグレーになって何が書いてあるかわからないが看板の形でかろうじて富士山だったとわかる。

 前方に見える丸亀製麺の店先に行列ができている。向こう、というのは神保町方面から歩いてきたスーツ姿とワイシャツ姿のサラリーマン二人組が行列の最後尾に並ぶ。友達は「丸亀製麺の釜揚げうどんが入っている桶は風呂桶を思い出すから風呂でうどんを食っているみたいだ」と言った。私は風呂でうどんを食ったことがあるのかと聞いたが「そういう問題じゃない」と友達は言った。風呂で食っているみたいは明らかに余計だった。
 私は釜揚げよりもどちらかといえば釜玉の方が好みだ。釜玉に入れる卵を生卵にするか、温泉卵にするか選べるのは丸亀製麺だったっけ。温泉卵はそれでも何か少し違う気がする。私の中では温泉卵を入れた釜玉釜玉として認められない。温泉卵は不味くなる余地がない。釜玉は茹でたてアツアツのうどんに生卵を絡めて熱いうちに食べる、生卵は冷めると不味くなるから熱いうちに食べる、卵を食べながら水を飲むとコップが生臭くなるから水も飲まずに食べるそういう緊張感が釜玉にはある。カルボナーラにも緊張感がある。カルボナーラに生クリームを使うなんてとんでもない。生卵1個と生の卵黄1個とオリーブオイルとペコリーノロマーノをボウルに入れておいて、茹で上がったパスタ、できればフェットチェッレがいいがスパゲッティーニよりも太いスパゲッティでもいい、慣れればフライパンでもいいが炒り卵にならないようにするのが難しいからボウルで混ぜる。

 駿河台下の五叉路というのか六叉路というのか広い交差点を抜ける。書泉ブックマートは閉店している。角の小さな古本屋は店先の木箱に詰め込んだ古本の上にも束ねた本を積み上げ、店内は天井まである本棚にも2階へと上がる階段の踏み板にも本が並べられているその隣の1階は雑貨屋にも見える三省堂は大型書店でこの並びから古本屋が集まっている通りが始まる。
 三省堂、古本屋、古本屋、TRPGを売る店、古本屋、古本屋、古本屋、間に居酒屋、古地図屋。靖国通りの反対側は石井スポーツ、銀行、マクドナルド、またスターバックス三省堂を過ぎると靖国通りは鈍角に左に折れて西を向く。
 横断歩道を渡ってマクドナルドと銀行の間の道を入ってしばらく歩くと煉瓦風のタイルが貼られた門柱に黒い鉄製の門が閉ざされている小学校の二つ手前に丸香がある。平日の昼12時を過ぎて一番混雑する時間の丸香は既に小学校の門の前、さらにその先まで行列ができている。

 「行列に並ぶとより一層美味しい」というのは信じられない、というかそんなことを言う人にはいままで会ったことがない、私はどちらかといえば「行列に並んでまで食いたくはない」と井之頭五郎が言いそうな台詞を支持する。が、今日は丸香を食べに来て既に胃がうどんを食べるモードに入っている。それに丸香で並ぶのは想定内だ。並ぶといったってうどん屋の回転は速いから行列に並んでも待ち時間は高が知れている、回転が速い店だって混雑して行列することもある、丸亀製麺だって行列ができる。私は近くに丸香があるのにわざわざ行列に並んでまで丸亀製麺を食べる気持ちは全然わからない。
 並んで5分も経たないうちに女の店員からラミネートされた紙に書かれたメニューを手渡された。釜玉を思わず頼みたくなるほど外が寒い。裏を見る。野菜天、かしわ天、ちくわ天、天ぷら、讃岐の天ぷらはさつま揚げのことだ、ゲソ天は昨今のイカの不漁で販売中止、すだちは時価と書いてあって躊躇うが私はいままで100円を超えたことはない。さっきの女店員が注文を取りに来る。注文は冷たいざるうどんの要領の「つけ」大とかしわ天、冷たいうどんが歯応えがあって美味しいから好きだ。

 行列がみるみるうちに進んでいく。店員に促されて店内に入り席に着く。席からは厨房と店内がよく見える、店員は厨房の中も合わせて五人と外の女で六人、レジの前に会計を待つ客が並ぶ、その後ろに席を待つ客が椅子に座った女が1人、立っている男が1人、店の外に行列が続いている、ジミヘンがアメリカ合衆国国歌を演奏する、同時に席についた隣の男の前に釜玉と醤油が乗った盆が運ばれるよりも先に私の「つけ大」とかしわ天が運ばれる。
 つけつゆを一口口に含むといりこだしの香りが強い、丸香に来たなあといつもこの瞬間にしみじみ思う。しみじみは言い過ぎだ。丸香に来たなとただ思う。麺に七味をかける。麺を啜る。つゆに葱と生姜のすりおろしたのを入れる。かしわ天をつゆに少しつけて食べる。麺を啜る。七味をかける。麺が長くて箸で掬いづらい。かしわ天を齧る。麺を啜る。つけのつゆを丼にあけると最もシンプルなぶっかけです、というメニューに書かれた食べ方を半分ほど麺を食べたところで実践する。小皿に残っている葱と生姜を全部入れる。店内に三つある細長い隣の客との間隔が近い横一列に7人程度が座るこちら側と向かい合って同じように7人が座るテーブルの向かいの客との真ん中に置かれた金属製のこれが串揚げ屋なら二度漬け禁止のタレが入った長方形の深い缶に入った天かすを掬って丼に入れる。麺を啜る。丸香の天かすはなぜだか知らないが、つゆを吸ってもサクサクしていて美味しいからつい食べ過ぎる。ジミヘンはパープルヘイズに変わっている。隣の男はまだ釜玉を食べている。目の前の客は食べているカレーうどんは冬限定だ。かけも釜玉も美味しいけれどやっぱり冷たいつけが、いやぶっかけも捨てがたい、すだちをかけたぶっかけにゲソ天を入れて食べたいぶっかけは夏限定で美味しい。

 つけ大かしわ天で700円。決して安いうどんではない。