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今朝保育園に

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 今朝保育園に子供を送りに行ったら、保育園が開くのは朝の7時半でそれよりも少し前に着いたので扉の前で少し待った。すると2つ上のクラスの女の子がお母さんに連れられてやってきた。その子、名前はあいかちゃんとかいったが、2歳か3歳だからもう歩けてお母さんともぎこちなく、3語くらいではあるが会話をしている。青いドキンちゃん(青いからドキンちゃんのきょうだいかもしれない)のポシェットを肩からかけている。
 その親子と待っていると遠くから、またあいかちゃんと同級生の何とかちゃん、名前は忘れたが仮にみさきちゃんとすると、みさきちゃんがお父さんと手を繋いで歩いてやってきた。朝7時半の開店と同時にやってくるメンバーは私達を入れてだいたいこの3組で、ここに集結した。息子は抱っこ紐に入って抱かれている。抱っこ紐のエルゴベビーを綺麗に畳む方法を昨日教えてもらった。購入してから1年が経過していた。エルゴベビーを使っているから金持ちだ、という難癖がこないだの「保育園落ちた日本死ね」につけられていたが、エルゴベビーは登山用品のゴアテックスみたいなもので、よくわからなくてもなんとなく良さそうという理由で使う人も多いのである。品質は悪いわけではなくてゴアテックスは品質はいい。
 あいかちゃんのお母さんが、
「みさきちゃんが来たよー」
 と自分の娘に声を掛けると、娘は二人に気づいて、
「みさきちゃんのお父さーん!」
 となぜかお父さんの方を呼んだ。
 お母さんは、
「みさきちゃんがいるんだからお父さんじゃなくてみさきちゃんを呼んであげようよ」
 と苦笑した。みさきちゃんのお父さんは自分の娘と同年代の女の子に親しげに声をかけられて嬉しかった。

 この話を帰ってから妻にしようかと思ったのに、私は帰りが遅かった。今日はつまらない飲み会だった。会社の人たちが騒いでいて笑っているのに、私は全然面白くなくて、どうしてこんなに面白くないのかと思ったが、酔っている人を相手に笑わせるのなんか大したことない、飲み会でいくら笑いをとったからといって自分を面白い人間だなどと思ってはいけない、面白いとはなにか、自分の面白いと思うこと、どうやったらそれを証明できるかを考えていた。ハイボールを飲んでいた。歓送迎会だった。
 60代の嘱託社員が「匿名ブログの日本死ね」の話をしていた。60代の男性の関心にまで届いているのか、と一瞬思ったが考えてみれば今60代と言えばもうネットだって40代くらいから使っているし、私の父親も60にそろそろなるが40代のころはパソコン教室をやっていた。60代と聞くとイメージするのはどうしても私が子供だった頃の60代、というと昭和10年代生まれの人たちを想像してしまうが、いまの60代はもっと若者と変わらない。この辺のことは、アラサーと聞くとアラサーという言葉が使われ始めた頃にアラサーだった世代の人達をいつまでもイメージしてしまうことに似ている。アラサーという言葉が使われ始めたのは2005年くらいらしく当時のアラサーは1975年生まれ界隈とすると今は40前後ということになる。アラサーと聞くといま30前後の私を含めた世代よりも、40前後の人たちのカルチャーという気がする。「団塊の世代」のようなものである。ゆとり世代でもいい。ゆとり世代特有の傾向というのは、私は中にいるからか全然わからないけれども。中にいると世代の傾向よりも個体差の方が激しく、バカはどの世代にいてもバカということにしかならない。60代は増田も書いている。60代が保育の話題に関心があるのはしかし驚きではあった。もっと上の70代80代の政治家が保育の話題に関心があるのだろうか。