この文章は50%の確率で面白いが、つまらない可能性も同じ確率で発生する

 リスクを取らない人の文章はツマラナイ、という文を最近読んだ気がする。実に結構なことである。私はブログを書くからには、人並には面白いことを書きたいと常日頃から思っているけれど、それ以上にリスクを取ることは大嫌いだ。怒られるのも謝るのも嫌いである、読者もできれば怒りたくはないことと思う。私はなるたけリスクを取らずに面白いものを書きたい。

 例えば同じくらいの面白さで、片方は40%の確率で大ウケするが40%の確率で炎上する、もう片方は10%の確率で大ウケし10%の確率で炎上する、という二つの記事があれば後者を書くことを選ぶ。ある文章がAさんにウケたがBさんに怒られたら、次はBさんにウケてAさんに怒られる文章を書いて平準化する。面白いときもつまらないときも、一定の面白さになるまでの文量を書き続ける、つまり時間を味方につける。

 これらは「リスクが高ければ高いほど、期待する面白さもより面白くなる」という前提に立っていることを我々は注意しなければならない。現実にはリスク度合いと面白さは必ずしも一致しない。面白さに反映されないリスクが存在する。

 面白い人がリスクを取っているように見えることと、リスクを取るから面白くなることは違うのであって、退場させられることを望まないのであれば、取る必要のないリスクを背負い込むことのないようにしなければいけないのである。