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『寓話』以降、最近の読書

文章

 なにも長く書くことがいいというわけでもない。だからサラサラと最近の読書について。

 先月の初めに小島信夫の『寓話』を読み終わり、その後『美濃』『残光』と続けて読んだ。

美濃 (講談社文芸文庫)

美濃 (講談社文芸文庫)

 『美濃』は小島信夫の故郷である岐阜を舞台に小島の年譜製作者、篠田賢作を中心に彼や彼の周辺の岐阜および東京の人々との交流が綴られている小説である。『寓話』の序章に登場する年譜製作者とは篠田賢作のことだろう。
 「ルーツ前書き」と題された序盤の数章は退屈するところもあったが徐々に面白くなっていった。
 これは知らずに読んだのだけれど、読み終わって解説を見てみると保坂和志が解説を書いていた。(講談社文芸文庫)

残光 (新潮文庫)

残光 (新潮文庫)

 続いて『残光』、これは新刊が手に入らず図書館で借りて読む。先日『寓話』について書いた記事へのコメントでfktackさんから薦めていただいたのもこの『残光』だった。
 この作品はまさに小島信夫の集大成で過去の作品が次々と引用されている。私は『残光』を読んだ後に『菅野満子の手紙』を読んだのだけれど、『残光』は『菅野満子の手紙』のエッセンス版のようにも読めるようになっている。てっきり『残光』も他の長編小説と同じようにどこかの雑誌に連載されていたものだと思っていたが、一挙掲載だと読んでから知って驚いた。

 ちなみに『菅野満子の手紙』は小島の『女流』と由起しげ子の『やさしい良人』について登場人物たちが延々と手紙を書いたり電話をしたりする話であるが、小島信夫はこの過去作品を登場させて話を広げていくやり方をずっとやってきたことが他の作品を読んでいてもわかる。
 小説内に過去作品のことが書かれていれば、それを読んだことがあるかないかで読者の受け取り方は当然変わってしまう。『残光』ではそれを埋めるためにあれほどまでに長文で引用をしたのか、それはわからない。
 引用箇所は長いが、元の作品を読んだことがあれば、抜き書きすれば長い文量のものがたとえ丸々そこに引用されていなかったとしても、読者の身体の奥に気分としては存在している。だから引用は読んでいない人のためにあると言っていい。あるいは小島信夫は自分の書いたものを読み返さないと言っているから小島信夫自身のためかもしれない。
 気分として存在しているというのは私の場合は『寓話』がそれで、読んでから日が浅いのもあると思うが『残光』の中にある『寓話』の引用部分に差し掛かったときに一瞬で『寓話』を感じた。小島信夫風の言葉で言えば響き合うということかもしれない。小島信夫の小説を読んでいるとこちらも共振できるように、小島信夫の小説のもつ固有の振動を身体に入れるように、他の作品を読みたくなる。

 『残光』を読んでいると『菅野満子の手紙』が読みたくなるからこれも図書館で借りて読んだ。
 私は編集長がある女性と対談した内容を小島信夫に手紙で報告してくる数章の場面が面白かった。編集長が自分が言った台詞のように「」つきで書きながらすぐあとに、

と口に出かかったのですが、もちろんこれは、ぼくは口には出しませんでした。
(462ページ)

 だったり、

私はこの終わりの部分は、口に出すのをさしひかえました。
(440ページ)

 などと否定するところなど笑ってしまった。

 後半になると、手紙の送り主が変わって、変わるたびに事実が覆されていくところなども良かった。しかしこの『菅野満子の手紙』も長い小説なので読むのに随分時間がかかってしまった。もちろん時間がかかった方がいいという見方もあるのだけれど。

 『寓話』や『菅野満子の手紙』を手にして、分厚いな、長いな、と思ったら『残光』から読んでみるのがいいと思う。『残光』もこの二つを読んでいた方が面白く読めるのだけれど、『残光』を読んで面白かったら結局はこの二つを読むことになるのだから、その後でまた『残光』を読めばいい。

ルンタ

ルンタ

 『菅野満子の手紙』と並行してというか、途中で山下澄人の『ルンタ』を読んだ。山下澄人は読もう読もうと思っていたのだけどなかなか読めなくてようやく読めた。
 なんとなく想像していた通りだったが面白かった。頭の中に映像が流れてきて、映画のシーンやカットを考えているときの頭の中のような小説だった。

対談・文学と人生 (講談社文芸文庫)

対談・文学と人生 (講談社文芸文庫)

 『寓話』の中の小島信夫と森敦の電話会談シーンが面白かったので、古本屋で見つけて買った。これはいま途中まで読んでいる。月山の注連寺で小島と森が向かいあって座っている写真が1枚載っているのが勝手に私がイメージしていた森敦と違った。
 この『対談・文学と人生』の中では度々『美濃』のことが話題に上がっている。篠田賢作や中嶋祥雲堂や登場人物のモデルになった人のことなど”舞台裏”のようなことが書かれている。

出ていない人は面白くないし、出た人は怒るしね(笑)。オレと違うとか、それからオレのことについてもっと書くことがあるじゃないかとか、また書いてない人も注進をするわけ。もっとああいうことも書いたらどうだとか。
(104ページ)

 森敦のことをまだ良く知らない。『寓話』にも登場する森敦の『意味の変容・マンダラ紀行』の文庫を書店で見つけてパラパラめくってみたが、とてもいま手を出せるような内容では無かった。森敦のプロフィールを見ると、横光利一に師事と書いてある。横光利一と言えば『機械』をズイショさんが以前薦めておられた。『機械』は青空文庫kindle版があったので、以前ダウンロードしたが、まだほんの数行しか読んでいない。次に長編を読み出す前に読みたい。

機械

機械

 小島信夫と森敦の対談の中で触れられている、永井荷風の『濹東綺譚』をAmazonで買った。

濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)

 Amazonレビューでは岩波文庫版が挿絵があって良いとのことなので、それを買って読んでいる。『濹東綺譚』は前半の「濹東綺譚」と後半の「作後贅言」とにわかれており、今日前半まで読み終わったところである。
 かつて向島にあった玉の井の私娼窟が舞台で、森敦曰く「あれは小説を作ろうという小説、あるいは小説を孕んだ随筆ともいうべきもの」という。小説の内部と外部の接続、小説の新聞性、随筆性についての話の中で取り上げられていた。

 私は主人公が、娼妓のお雪に対してこれ以上お互い深入りする前に別れを告げようとするも結局言うことができずに、

今夜あたりがそれとなく別れを告げる瀬戸際で、もしこれを越したなら、取り返しのつかない悲しみを見なければなるまいというような心持が、夜のふけかけるにつれて、わけもなく激しくなって来る。
(128ページ)

 というところから始まるくだりなどが良かった。どのようにいいのか、いま色々と考えて、書いては消してを繰り返すが上手く言葉にできないというかしたくない、言葉に固定していまいたくない。

 『対談・文学と人生』はまだ三分の一程度読んだだけで、これから少しずつ読んでいきたい。

 その他は新潮5月号に掲載された、保坂和志の『キース・リチャーズはすごい』を読んだ。

新潮 2016年 05 月号 [雑誌]

新潮 2016年 05 月号 [雑誌]

 同じく保坂和志、群像4月号掲載の『地鳴き、小鳥みたいな』を読んだ。小島信夫の『美濃』を意識したような小説だった、実際『美濃』が引用されていたかもしれない。

群像 2016年 04 月号 [雑誌]

群像 2016年 04 月号 [雑誌]


 保坂和志の『遠い触覚』を昨年読んで以来、小島信夫ばかり読んでいるのだが、これで『寓話』『美濃』『菅野満子の手紙』と代表的な長編をいくつか読んだことで、少しずつ小島信夫文学に慣れてきたと思う。
 『遠い触覚』の書き出しは次のように始まる。

 小島信夫の代表作は『別れる理由』ではなく、『私の作家遍歴』と『寓話』だ。正確なところはいまは調べるのが面倒なので調べないが、『別れる理由』は一九六八年から八一年まで約十三年間『群像』に連載され、『私の作家遍歴』は七〇年代半ばから八〇年まで『潮』に連載され、『寓話』は八〇年から八五年まで、はじめのうちは『作品』に連載され、『作品』が廃刊になったあとは『海燕』に連載された。小島信夫はこの時期、他に『美濃』を七七年から八〇年まで、『菅野満子の手紙』を八一年から八五年まで文芸誌に連載した。
 この中で『別れる理由』ばかりが長さゆえに有名になってしまい、『別れる理由』はその評判のために意外なことに三刷か四刷まで版を重ねているのだが、内容のとりとめのなさにたぶんみんな辟易して、他の本にまで手を出さなくなってしまった。なんと皮肉な事のなりゆきだったことか! いっそ、『別れる理由』が評判にならなかった方が他の本が読まれたのではないか。

 『寓話』『菅野満子の手紙』を読み終わり、次になにを読もうかというところで、神保町の古本屋で『別れる理由』を見つけた。

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 3巻セット箱付で3000円。代表作ではないというこの小島信夫の代表作を、これからしばらく読んでいこうと思う。



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