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「シン・ゴジラ」感想

シン・ゴジラ」見た。よかった。

とりあえず総監督庵野秀明に期待して見に行った人は満足するから見た方がいい。あとはネタバレ。


ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ



個人的には昨年12月のスターウォーズ エピソードVII公開時に「シン・ゴジラ」の特報を見て、またクローバーフィールドみたいな映画でも作るのかなあ・・など特に気にかけていなかったのだが、公開日の7月29日になって公開された事を知った。監督が庵野秀明だということもそれまで知らなかった。そしてクローバーフィールドのような映画ではなかった。そりゃあゴジラなんだからゴジラ映してなんぼだよな。

怪獣映画や特撮映画は普段は見ないので最近の特撮映画というのは知らないけれど、特撮イコール模型、派手なCG・VFX、チープな映像というイメージ(何十年前のイメージなんだ)を勝手に持っていたがそんなことは全くなかった。

短いカットが速いテンポで繋がれて、早口のセリフに濃密な背景とギュッと凝縮された過剰な情報量が観客の処理能力を凌駕する。画面に配置された要素を噛み締めている余裕はない。では観客は映画に置いていかれるかといえばそうではなく、テンポに乗せられ、否応なしに興奮させられる。
特撮ファンはもちろん、特撮と相性のいい軍事オタク向けでもあり、政治ネタあり、巨大建造物マニアや高層ビルマニア、地図オタクや地形フリーク、鉄道オタク、外交オタク、石原さとみファンなど幅広い層にウケるだろうことは間違いなく、とにかく情報量が多いのでこれはブルーレイが出たら売れるだろう。買いたい。

さんざん言われているだろうけど、戦闘シーンはエヴァンゲリオンを嫌でも連想させられる。作戦名はもちろん、日本中の電力を集めたヤシマ作戦に対して日本中から凍結液を集めたヤシオリ作戦という構図など。市民の避難・疎開のシーンなどもエヴァっぽい。エヴァンゲリヲン新劇場版 序 豪華実写版といった雰囲気。ただしエヴァには使徒に対する明確なヒーロー:エヴァもしくは碇シンジがいるのに対し、シン・ゴジラにはヒーローはいない。ゴジラに対峙するのはあくまで組織である。コアをポジトロンライフルでぶち抜いてミサトさんが「よっしゃあ!」という演出はなく、ビルの下敷きになったゴジラの口にポンプ車と巨大送水管で血液凝固剤なる液体を流し込む地道で地味で危険な作業。
登場人物の家族が登場せず人間味が描かれていないという指摘を見かけるが、それはゴジラと戦ったのは特定のある人物ではなく組織であり日本政府であるから、それを表現するために描く必要はなかった。もちろん描かれていないところで家族がそれぞれの人生があるにせよ、映画が冗長になるのを避けるため、余分なものを削ぎ落としたのは結果として成功している。

ネットで感想を読んでいると「シン・ゴジラは子供向けではない」と「子供も楽しめる映画だ」とそれぞれ意見がある。どちらも間違いでははいのだろうけれど、子供向けかどうかではなく、単なる個人の向き不向きではないかと思う。
子供の頃、これは子供向け映画だと言われていたものがクソつまらない映画で、むしろ古典と呼ばれるような古い映画を楽しんでいたなんて経験は少なくない人にあるだろうに、どうして大人になると忘れてしまうのか。
ちなみに「シン・ゴジラ」のレーティングは全年齢対象だ。グロテスクなシーンもないし、石原さとみの唇がエロいことを除けば性的なシーンもない、お茶の間で食卓を囲みながら家族で見ることができる、所謂安心して子供に見せられる映画だ。大規模な破壊行為に性的衝動を覚える人のことは知らない。子供の頃怪獣映画は一切興味なかったが、もし子供の自分がこれを見たら絶対面白いと思っただろう。

唯一グロテスクなシーンだったのは冒頭のゴジラ初上陸のあとに、ゴジラの体液のような赤い液体だか物体がズリュッと落ちてくるところくらいで、あとは本当に徹底的に抑えられていた。安易にグロに頼らないところは良い。

死の描写もほとんどない。人は沢山死ぬ。たしか何万という人が死ぬんだけど、目の前で人が死ぬシーンが確かなかったと思う。凍結作戦第一班の特殊車両が吹き飛ばされたり、米軍の戦闘機が撃墜されたり、政府首脳が乗るヘリがゴジラの光線に焼かれたりはする。しかしそれらはすべて乗り物が破壊されるシーンであり、情報として人が沢山死んだことはわかるのだけど、それだけでしかない。それは一般市民も変わらない。人は沢山死ぬが、目の前で人が苦しんだり死んだりしない。一般市民もっとも死に近かったのは、初上陸時のゴジラがよじ登ったマンションの中にいた逃げ遅れた住民じゃないだろうか。彼等にしても死んだのか助かったのかまではわからない。基本的に死んだ人間は数として扱われ、徹底的に死の要素や個別性は排除されていた。一方でヤシオリ作戦部隊を前にした矢口の演説は熱くなった。

映像は迫力があったし、実際の東京の街並みが破壊されていく様子は見応えがあり面白い。ただしショッキングではなかった。見るものを恐怖に慄かせるという映像ではなかった気がする。東日本大震災とその後の津波によって被災した人が見ればまた違うのかもしれない。私は当時その場にいなかったので、それはわからない。「シン・ゴジラ」を見て震災の記憶が蘇ることもなかった。

ネットではゴジラの上陸を震災と津波、またはゴジラ福島第一原発になぞらえた感想や考察をよく見かける。確かに3.11以降に大規模災害を描く映画を撮るにあたってはそれらは避けては通れないテーマであり、製作者も当然意識はしているだろう。
「生物だから、止めることができる」
という台詞も、裏返せば地震津波は止めることができないということを表している。
それでもやはりゴジラゴジラとして、巨大不明生物として映画に描かれている通りに鑑賞したい。この映画は巨大不明生物の襲来に対応する日本政府の物語だ。巨大不明生物は津波でもメルトダウンでもない。大規模災害だからといってなんでも東日本大震災に安易に結びつけてしまうのは見方を狭めることになる。
一方でゴジラ初上陸翌日の「平穏を取り戻した日本社会」のシーンには若干の違和感があった。あれはどんな災害が起ころうとも社会は止められないし明日からも続いていくことを描いている。しかし津波地震ならわかるけれど巨大不明生物でも果たしてそうかな? 地震津波は被害は甚大でも現象としては理解されている。ところが巨大不明生物は人間の理解や科学の常識を超えている。それを前にしても翌日から同じように仕事をして、生活していけるのだろうか。この映画は政府サイドから描いているが一般市民にはまだそこまでの情報は広まっていないのかもしれない。

シン・ゴジラ」の世界では過去のゴジラ作品はすべてなかったことになっている。現実のゴジラ襲来がなかったことになっているのは当然としても、フィクションとしての映画「ゴジラ」という作品も存在しなかった世界であり、そこはあれ? と思った。例えば今日日本にあの巨大生命体が現れたら、まずネット上で「あれゴジラじゃね?」「ゴジラ襲来!!」と話題になるはずだし、この映画もそういうものかと思って見ていたら違った。だって、映画ゴジラなしに政府があの生命体見てゴジラって名付ける? 初代ゴジラはどうだったんだっけ。政府がゴジラと名付けるためには過去のゴジラ作品は存在しないことにしないといけなかったんだろうけど。石原さとみGodzillaが聞けたからいいか。

あといくつか気になったことは、結局ゴジラはどこを目指していたのか。ゴジラは移動していただけで、攻撃されたから反撃しただけではないか。都知事はどうなったのか。などがあり、上映中にもう一度見に行きたい。その前にゴジラ第1作目と「日本のいちばん長い日」を見ておきたい。IMAXで見たから、2回目は4DXでみようかどうか悩んでいる。

そのほか「シン・ゴジラ」を見た人が無人新幹線爆弾!や無人在来線爆弾!やグラントウキョウ爆破倒壊作戦や大損害の三菱地所と無傷の森ビル(そういえば「巨神兵東京に現る」では森ビルと三菱地所ビルマネジメントが協力としてクレジットされていた。今回の映画ではエンドロールには見つけられなかった。見落としかもしれない)、黄色いゴジラ第一形態の顔、口から凍結液を管で注入されている時のゴジラの顔、復興したら東京駅の名称は東京(ゴジラ前)駅になるだろうなあ・・、などについてどんな感想をもったのか知りたい。


シン・エヴァンゲリヲンがまた楽しみになった。



今週のお題「映画の夏」